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工業用水道のあゆみ
工業用水道の事業概要
福山市の工業用水道
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福山市の産業は,古くから繊維をはじめ,化学,ゴム,食品などの工業が発達してきましたが,その生産に必要な工業用水は,井戸による地下水に依存していました。
しかし,新しい工場の進出や,生産の増加による施設の拡大によって,地下水の不足や一部の井戸には海水が浸透するなど工場の生産に支障をきたしはじめました。
こうした状況から,福山市は諸工業の健全な発展を図るため,1957年(昭和32年),市のほぼ中央にある蓮池(西町)を水源として,日量20,000立方メートルの給水能力を持った工業用水道の建設を開始し,翌1958年(昭和33年)4月より市内の16工場に給水を開始したのがはじまりです。その後の1963年(昭和38年)には日量30,000立方メートルの施設へと増強をしました。
1960年代(昭和30年代後半)になると,福山市は日本鋼管の誘致や備後工業整備特別地域の指定など,重化学工業都市へと変わっていく中で,大量の工業用水が必要となりました。
このため,1963年(昭和38年)計画給水量が日量120,000立方メートルの臨海工業用水道の建設に着手し,1965年(昭和40年)の4月に工事の一部が完成し,中津原浄水場より給水を開始しました。
当時は,経済の高度成長期とあいまって,海岸部は埋め立てや工場の建設が急ピッチに進められ,さらに工業用水が必要となり,増強のための第2期工事を行い,1971年(昭和46年)4月から給水しました。

≪中津原浄水場≫
臨海工業地帯に給水するため,1963年(昭和38年)に起工,1965年(昭和40年)4月から一部給水を開始しました。この浄水場は,上水道施設も併設している全国でも数少ない浄水場の1つです。
1968年(昭和43年)には,広島県による箕沖地区工業団地の造成が着手されることとなり,新たな水源の確保が必要となりました。そこで,芦田川の利水について,広域的・総合的に開発計画が検討され,三川ダムの嵩上げ工事,八田原ダム・芦田川河口堰の建設により芦田川に流れている水量と合わせて日量350,000立方メートルの水源を確保することとなりました。
1978年(昭和53年)4月,河口堰を水源として芦田川河口堰工業用水道の一部給水を開始しました。これに伴って施設の老朽化した蓮池工業用水道を統合廃止し,現在に至っています。
福山市の工業用水道は,現在日量293,000立方メートルの配水能力を持つ施設に整備され,国土の保全と地域産業の発展に寄与しています。
1991年(平成3年)4月から臨海工業用水道と芦田川河口堰工業用水道の料金を一元化し,施設の管理は,1998年(平成10年)4月から中央管理センター(中津原浄水場内)において,コンピュータ制御システムで取水・導水・浄水・配水等全施設の集中管理を行い,安定給水と効率的な水運用に努めています。
さらに,臨海工業用水道と芦田川河口堰工業用水道を効率的に運営するため,2006年(平成18年)3月に事業統合を行い,福山市工業用水道事業としています。

≪箕島浄水場≫
芦田川河口堰の建設に続いて,1973年(昭和48年)に建設を開始し,1978年(昭和53年)4月から一部給水を開始した。
工業用水の送水は,配水池を設けず,送水ポンプによって加圧し,工場に直送しています。

≪芦田川河口堰≫
治水と利水の役目を持つ多目的な堰です。河口堰に貯留された水を水源とし,箕島浄水場より市内の企業の生産活動に必要な工業用水を送っています。日量170,000立方メートルの水源です。